2025年6月、第217回通常国会でいわゆる「2025年年金制度改正法」(正式名称:社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等改正)が成立しました。
この改正により、パート・アルバイトの働き方を縛ってきた「年収106万円の壁」は、3年以内に事実上撤廃される方向がはっきりしました
今後は、週20時間以上働く人であれば、企業規模や年収にかかわらず厚生年金・健康保険の加入対象が大きく広がっていきます。その分、社会保険料の自己負担は増える一方で、将来の年金や保障は手厚くなることになります。
また、2025年の税制改正では「103万円の壁」も動いており、「年収の壁」全体の地図が塗り替わりつつあります。
この記事では、
- 「106万円の壁」とは何か
- 2025年年金制度改正法の具体的な中身
- パート・アルバイト・主婦(主夫)、企業それぞれへの影響
- 103万円・130万円の壁との関係
- 今からできる実務・家計面での対策
まで、できるだけ専門用語をかみ砕きながら整理していきます。
※最新情報にアップデートしました。
「106 万円の壁」とは何か
まずは106万円の壁について詳しく見ておきましょう。
現行ルールのおさらい
現在、短時間で働くパート・アルバイトでも、次の条件をすべて満たすと厚生年金・健康保険(いわゆる「社会保険」)に加入することが義務づけられています。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月収がおおむね8.8万円以上(年収換算で約106万円)
- 従業員数51人以上の会社(2024年10月時点)
- 雇用期間が1年以上見込み など
この「月8.8万円以上」という賃金条件を超えると、会社と本人でおよそ折半し、合計で賃金の約15%前後の社会保険料負担が発生します(本人負担はおおむね7.5%程度が目安)。
その結果、
「106万円を少し超えるくらいなら、シフトを減らして壁の手前におさえよう」
という就業調整が広がり、「106万円の壁」と呼ばれるようになりました。
壁が生まれた背景
もともと社会保険はフルタイムの正社員を想定して設計されており、
- 「短時間」×「低賃金」×「小規模事業所」
の働き方は、制度の外に置かれていました。
しかし、少子高齢化で年金財政が厳しくなる一方、人手不足も深刻です。この状況を受け、2016年以降、
- 2016年:従業員501人以上
- 2022年:従業員101人以上
- 2024年:従業員51人以上
という順番で、企業規模の条件を段階的に引き下げてきました。
今回の改正は、その「最終盤」にあたるものです。

2025年年金制度改正法のポイント
ここからは、今回の改正で何が変わるのかを、順番に見ていきます。
① 年収要件(106万円)の撤廃
改正法では、短時間労働者について
- 「月8.8万円以上(年収約106万円)」という賃金要件を撤廃し、
- 週20時間以上働けば、年収にかかわらず厚生年金・健康保険の加入対象とする
方針が盛り込まれました。
つまり、加入条件の線引きが
「いくら稼いでいるか」ではなく、「週に何時間働いているか」
へと一本化されていくイメージです。
② 企業規模要件の段階的撤廃
次に、「従業員数51人以上の会社しか対象にならない」という企業規模の条件も、10年かけて段階的に撤廃されます。
厚労省の資料では、今後の予定は次のように整理されています。
- 2027年10月:従業員36〜50人の会社も対象
- 2029年10月:従業員21〜35人の会社も対象
- 2032年10月:従業員11〜20人の会社も対象
- 2035年10月:従業員1〜10人まで含め、事実上すべての企業が対象
最終的には、
「週20時間以上働くなら、勤務先の規模にかかわらず、社会保険加入が当たり前」
という世界に近づいていきます。
③ 個人事業所への適用拡大・その他のポイント
今回の改正では、会社だけでなく一部の個人事業所についても適用範囲を拡大し、社会保険に入る人を増やす方向が示されています。
さらに、同じ法改正のなかで
- 高所得者の標準報酬月額の上限引き上げ
- 在職老齢年金の支給停止基準額引き上げ(50万円→62万円)
- 遺族厚生年金の男女差解消に向けた見直し
なども盛り込まれました。
パート・アルバイトに直接効いてくるのは
- 106万円の壁の撤廃(賃金要件の廃止)
- 企業規模要件の撤廃
ですが、「年金全体の仕組みを長寿社会に合わせて組み替えている」という大きな流れの中の1ピースだと理解しておくとよいと思います。
いつから「106万円の壁」がなくなるのか
賃金要件の撤廃時期は、
法律の公布から3年以内で、全国の最低賃金が時給1,016円以上となるタイミングを見極めて政令で定める
とされています。
「2026年10月」は確定ではない
現時点では「早ければ2026年10月頃」という報道が多いものの、正式な施行日はまだ未確定なんですよ。
今後の政令で決定します。
つまり、法律上は「遅くとも2028年までには実施する」と決まったのみですが、実務上の準備期間や最低賃金改定のタイミングを考慮し、政府は2026年10月の実施を軸に調整を進めているというのが実情です。
スケジュール感としては、
- 2025年:法成立・準備期間
- 2026〜2027年:106万円の壁撤廃(予定。政令で確定)
というイメージで押さえておくとよいでしょう。
「106万円の壁」撤廃で家計はどう変わる?
次は壁の撤廃で家計はどう変わるのかを確認してきます。
手取りは減るが、将来の年金は増える
社会保険に加入すると、給料から天引きされる保険料の分だけ、手取りは確実に減ります。
例えば、ざっくりしたイメージとして
- 年収110万円なら、本人負担の社会保険料は年8万円前後
- 年収150万円なら、本人負担は年11万円前後
が目安になります(健康保険・厚生年金の保険料率を合算し、本人負担を約7.5%と仮定した概算)。
短期的に見ると、どうしても
「同じだけ働いているのに、手取りが減った」
という感覚になりやすいところです。
一方で、厚生年金に長く加入すればするほど
- 将来受け取る年金額が増える
- 病気やけが、出産などのときに受けられる保障が手厚くなる
というメリットも生まれます。厚労省の試算では、年収106万円程度で20年間厚生年金に加入した場合、老齢厚生年金が月額8,800円程度上乗せされるイメージが示されています。
これは「死ぬまでもらえる」終身年金です。
「保険料」というと損なイメージがありますが、
「会社が半分出してくれる長期の積立投資」
と考えると、見え方はだいぶ変わってきますね。
厚生年金・健康保険の“保険”としてのメリット
意外と知られていない大きなメリットとして、厚生年金や健康保険に入ると、老後の年金以外にも、いざというときの保障が増えるという部分もあります。
- 障害状態になったときの障害年金(厚生年金分が上乗せ)
- 万が一のときに遺族が受け取れる遺族厚生年金
- 怪我や病気で働けなくなったときの傷病手当金
- 産休・育休のときに受け取れる出産手当金・育児休業給付金
といった給付は、国民年金だけの状態と比べるとかなり厚くなります。
「手取りが減る」というデメリットだけを見るのではなく、
「家計のリスクをどこまで公的保険でカバーできるか」
という視点でも一度整理しておくとよいと思います。
配偶者手当・家族手当への影響
もうひとつ見落としがちなのが、配偶者手当・家族手当です。
- 「配偶者控除の範囲内」
- 「健康保険の扶養の範囲内」
といった条件を、配偶者手当の支給条件にしている会社は少なくありません。
厚生年金に加入し、扶養から外れることで
- 配偶者手当が減る・なくなる
- 世帯トータルの手取りはあまり増えない
というケースも十分あり得ます。ご自身と配偶者の勤務先それぞれで「家族手当の支給条件」がどうなっているか、一度就業規則や社内規程を確認しておくのがおすすめです。
「103万円の壁」「130万円の壁」はどう変わる?
次に他の壁についても確認しておきましょう
2025年税制改正で「103万円の壁」は123万円へ
「106万円の壁」と並んでよく話題になるのが、「103万円の壁」と「130万円の壁」です。
2025年の税制改正では、
- 基礎控除や給与所得控除の見直しにより、所得税の課税最低限が160万円へ引き上げ
- 配偶者控除・扶養控除の収入上限が103万円→123万円に引き上げ
といった変更が行われました。
これにより、
- 「配偶者控除の満額を受けながら働ける給与収入の上限」は123万円
- 税金がかかり始めるライン(課税最低限)は160万円
へと実質的に引き上げられています。
以前は、
「税金面では103万円、社会保険の扶養では130万円」
というイメージでしたが、税金面のラインはかなり上に動いた、というのが2025年以降のポイントです。
130万円の壁と「年収の壁・支援強化パッケージ」
一方、「130万円の壁」は、夫(妻)の社会保険の扶養から外れて、自分で国民健康保険と国民年金に入らなければならないラインとして、引き続き意識される基準です。
ただし、政府は人手不足への対応として
- 「年収の壁・支援強化パッケージ」
を用意し、一定の要件を満たす場合には、130万円を一時的に超えても事業主の配慮により扶養の範囲にとどめる特例や、社会保険加入に向けた手当・助成金を用意しています。
「106万円の壁」だけでなく、
- 税制上の「123万円のライン」
- 社会保険上の「130万円のライン」
- 各種支援策の有無
を組み合わせて考える必要がある、かなり複雑なフェーズに入ってきたと言えるでしょう。
週20時間のラインはどうなる?雇用保険「10時間の壁」との関係
次は雇用保険の壁です。
社会保険は「週20時間」、雇用保険は「週10時間」へ
今回の年金制度改正とは別に、雇用保険も大きく変わります。
2028年10月1日から、雇用保険の加入条件が
- 週20時間以上 → 週10時間以上
へと引き下げられることが決まりました。
つまり、
- 社会保険(厚生年金・健康保険):当面は「週20時間以上」が目安
- 雇用保険:2028年10月から「週10時間以上」で加入
という二重構造になります。
「週20時間未満なら社保は回避できる?」への答え
現時点で示されている方針では、
- 社会保険の週20時間という時間要件は残る
- 106万円の「年収要件」が廃止される
という整理です。
したがって、
週の所定労働時間を20時間未満に抑えていれば、当面は社会保険の加入義務は発生しない
という考え方は変わっていません。
ただし、雇用保険については週10時間以上で加入となりますので、
「雇用保険だけ加入」「社会保険も含めフルセットで加入」
といった働き方の選択肢が広がるイメージになります。
企業側の負担と使える支援策
企業向けの話も見ておきましょう。
企業にとってはコスト増・事務負担増
企業側から見ると、今回の改正は
- 社会保険料の事業主負担が増える
- 対象従業員が増えることで、手続きや管理の事務負担も増える
という、コスト増要因になります。
パート・アルバイトを多く抱える小売・外食・介護などの業種では、
- シフトの組み方
- 雇用形態の見直し
- 人件費の転嫁(価格・料金の調整)
などを、中期的なテーマとして考えておく必要があるでしょう。
「年収の壁」対策の助成金や保険料軽減措置
こうした企業負担を和らげるため、
- 社会保険適用に合わせて手当を支給する事業主への助成金
- 一定期間、保険料負担を軽くする特例措置
などの制度が用意・拡充されています。
名称や細かな要件は年度によって変わる可能性が高いため、
- 厚生労働省の「年収の壁」特設ページ
- 各種助成金の最新パンフレット
をチェックしつつ、自社で使える制度がないか社会保険労務士など専門家と一緒に確認しておくと安心です。
よくある質問(FAQ)
よくある質問も確認しておきましょう。
Q. 週20時間未満に抑えれば、これからも社会保険には入らなくて済みますか?
A. 現時点の制度設計では、社会保険の加入要件となる「週20時間以上」という時間要件は存続する前提です。
そのため、所定労働時間を週20時間未満に調整しているケースでは、106万円の壁撤廃後も基本的には加入義務は生じません。
ただし、将来的な制度見直しの可能性や、雇用保険の週10時間への拡大なども踏まえると、シフト調整だけで守り切る働き方には限界もあります。
Q. 103万円・130万円の壁はどうなりますか?
A. 税金面の「103万円の壁」は、2025年の税制改正により実質的に123万円へ引き上げられました。一方、健康保険・年金の扶養から外れる「130万円の壁」は引き続き残っています。
また、「年収の壁・支援強化パッケージ」によって、一時的に130万円を超えても事業主の判断で扶養の範囲内にとどめることができる特例や、社会保険加入を後押しする助成金も整備されています。
- 税金:123万円・160万円のライン
- 社会保険:週20時間と130万円のライン
- 各種支援策
をセットで確認することが重要です。
Q. 学生アルバイトも厚生年金に入らないといけなくなりますか?
A. 現行制度と同様、一定の条件を満たす学生アルバイトについては、適用除外を維持する方向とされています。
ただし、「学生かどうか」によって扱いが異なりますので、学校に通っていないフリーターの方などは、週20時間以上働けば社会保険の対象になる可能性が高いと考えておきましょう。
まとめ
今回は、「106万円の壁」撤廃はいつから?2025年年金制度改正法でパート・アルバイトの社会保険がどう変わるかというテーマで、制度の中身と家計・企業への影響を整理しました。
ポイントをもう一度まとめると、
- 106万円の「年収要件」は、法律の公布から3年以内に撤廃される方針(早ければ2026年10月頃)。週20時間以上働けば、年収にかかわらず社会保険に加入する方向へ。
- 企業規模要件は2027〜2035年にかけて段階的に撤廃され、最終的には小規模事業所でも週20時間以上働けば社会保険加入が当たり前の世界になる。
- 2025年税制改正で「103万円の壁」は123万円へ。税金・社会保険・各種支援策が複雑に絡むため、「どのラインを意識するのか」を世帯単位で整理することが重要
- 手取りは一時的に減っても、厚生年金・健康保険加入には、老後の年金増額や障害・遺族・傷病手当金などの保障拡充というメリットがある。
- 企業側も負担増となる一方で、助成金や保険料軽減措置が用意されているため、制度をうまく使いながら人材確保・定着につなげることが求められる。
パート・アルバイトの方にとっては、
壁の手前で働き方を調整する」のではなく、
「社会保険にきちんと入り、そのうえでNISAやiDeCoなども組み合わせて長期の資産形成を考える」
という発想への転換が求められる時代になってきました。
企業オーナー・人事担当者にとっても、
「コスト増をどう抑えるか」だけでなく、
「社会保険を整えたうえで、どのように働きやすい職場をつくるか」
という視点が大切になってきます。
制度改正の波をうまく味方につけて、働き方と老後資産形成の両方を、少しずつアップデートしていきましょう。

